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​不来方から

​不来方から

盛岡管轄区の教会報「不来方から」の一部の記事を抜粋して掲載します。

5月号
​巻頭
「パラクレトス「慰むる者」」

 「キリスト教が信仰する神とは何ですか?」と問うのならば、その答えは「三位一体の神、父と子と聖神の至聖三者である」と答えるのが模範解答的な正解でしょう。では「父と子と聖神とはなんですか?」と問われると途端に難しくなってきます。私たち人間の知恵の力では三位一体そのものを知ることは到底できないからです。「子は父から生まれるものである」「聖神は父から出るものである」と私たちが唱える「ニケア・コンスタンティノープル信経」には表現されていますが、その本質的な意味にたどり着くことは非常に困難です。その「子=ロゴス(言)」である方がご自身が造られた世界である「この世」に人間としてお生まれになったのが「イイスス・ハリストス」であり、その方が目に見える形で人間と直接交わり、ご自身を人々に提示しました。その一連の出来事が降誕であり、受難であり、復活、昇天です。そしてイイススが弟子たちに語ったのが、「私の後に『慰める者』がやってくる」ということでした。神との交わりそのものであるイイススが去るときに、その交わりが失われてしまうのではなく、離れていながら依然交わり続けることができるように「ある方」が遣わされるというのです。それが「神・聖神」のことでした。

 主は聖神のことを「慰める者」と呼びました。私たちが日々祈る「天の王慰むる者や」という祈祷で呼びかけられている方です。あの祈りは聖神に向けられた祈祷文です。しかしこの「慰める者」という言葉のニュアンスはなかなか難しく、どのようにイメージしていいのか掴みにくい部分があるように思います。この言葉はギリシャ語で「パラクレトス」と言い、語源的には「パラ=隣に、かたわらに、並んで」「カレオー=呼ぶ」という二つの言葉が合成されています。「隣に呼ばれてきた者」という意味から「慰める者」「弁護する者」「励ます者」という意味が派生します。聖神はイイススのように人間とはならないし、目に見える形で私たちと交わりを持つわけではありません。しかし目には見えないけれど、いつも隣にいて私たちを勇気付け、正しい道を示す方として、イイススは弟子たちに聖神について明かしました。聖神降臨の日、弟子たちに聖神が下り彼らは突如として覚醒しました。知らない言葉を喋り、世界中にハリストスの福音を伝える使命に目覚めた彼らは真の意味で「使徒」となりました。彼らは聖神によって、天に昇って離れてしまったように見えるイイススの臨在を常に感じ、それに勇気付けられ生来の臆病さから殉教を恐れない勇気ある者へと変えられました。

 ハリストスの昇天からすでに2000年も経ってしまった時代を生きる私たちにとって、「大昔の人」であるイイススと私たちを繋げてくれるのは、やはり聖神の働きです。聖神が私たちをイイススと結び付けてくれないのであれば、イイススはただの歴史上の人物という価値に留まるでしょう。しかし聖神が見えずして私たちの側に居り、私たちにイイススを示し結び合わせてくれることによって、私たちはハリストスを「神の子」であると告白し、三位一体の神「至聖三者」を知ることができるようになります。聖神はまさに私たちの「かたわらにいる方」すなわち「パラクレトス」なのです。私たちが一人の信仰者としてこの世界を生きる時、私たちはいつも聖神が隣で導き勇気付けてくれることを祈らなければなりません。その導き無くして私たちはハリストスを知ることはできないからです。「天の王慰むる者」と祈るたびに、そのことを思い起していきたいものです。

​エッセイ
​「バベル」

 先日突如、X(旧ツイッター)の様々な言語の投稿がAI自動翻訳によってリアルタイムに日本語に翻訳されて表示される仕様となりました。最近のAI翻訳はものすごく優秀で、ごく自然な日本語として読めるものを出してきます(数年前まで自動翻訳は酷いものでした)。で、世界中のXユーザーが自分の国の独特な食べ物を投稿したり、それに対して日本のユーザーが返信したりして一種の祭のような雰囲気となりました。それ自体は大変微笑ましいものに思えましたが、しばらくすると今度は様々な差別的発言や文化的批判のような投稿が、これまたリアルタイムに翻訳されて表示されるようになってきました。今までは外国語だったから読み飛ばしていたような投稿も、翻訳されたらすごく嫌なことが書いてあったことに気付くようになってしまったのです。ある人々がその状況を「バベル」と呼んでいましたが、まったく笑えない冗談です。

 「バベルの塔」は創世記に書かれたエピソードですが、ある偉大な王が天空を突くような高い塔を建てようとしたことから始まります。塔の建築者たちは高度な文明を持っていました。レンガを作ったり、それをアスファルトでくっつけたり、それまでとは比べ物にならないほど巨大な建造物を作る技術を手に入れました。王は人々を一か所に集めて住まわせ、より強大な力を振おうとしました。しかし神はそのことを喜ばず、彼らの言葉を乱してこの「大プロジェクト」を崩壊させました。

 聖書によれば言葉を乱したのは神ですが、しかしこの世を見ていると神が手を下さなくても人間は勝手にバラバラになったんじゃないのかとさえ思ってしまいます。人間の中に利己心や他者への蔑みや劣等感などがある限り、言語の壁よりもはるかに厄介な壁が人々の間には立ちはだかっています。バベルの王は「テクノロジー」で人々を一か所に集めようとしましたがその試みは上手くいきませんでした。現代でAI技術が著しく発達し自動翻訳でリアルタイムに言語の壁を破ったとしても、人間が「悪い言葉」を話しているのならば、人が「一つになる」ことなんて到底できそうもありません。

 地球全体を覆う衛星通信網、AIの発展による言語の壁の打破。どれも単独で見れば偉大な技術であり、人類を躍進させる可能性を感じさせるテクノロジーですが、同時にその情報網を走る言葉が「悪い言葉」であるならば、その害悪の大きさも指数関数的に増大していくことでしょう。好むと好まざるとに関わらず、私たちはもうすでにバベルよりもさらに高く巨大な「新バベルの塔」に住んでいます。ならばこそ私たちの中にある憎悪や醜悪さが再び人類をバラバラにしてしまわぬよう、私たちは慎重で丁寧な「言葉」を使う者とならなければならないのです。

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盛岡ハリストス正教会(司祭常駐)

019-663-1218

 

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1-2-14 Takamatsu, Morioka city, Iwate pref. 

morioka.orthodox@gmail.com

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http://www.wp-honest.com/magata/

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