
不来方から
不来方から
盛岡管轄区の教会報「不来方から」の一部の記事を抜粋して掲載します。
9 月号
巻頭
「生命を施す十字架よ、爾の輝煌にて我等を照らせ」
私たちの聖堂を見ると、聖所の四角いドーム屋根の上に、さらに小さな塔状のクーポルが乗り、その突端には十字架が据え付けられているのが見えます。数年前に私たちが建てた納骨堂の上にも十字架は設置されています。また東京のニコライ堂でも、モスクワの救世主ハリストス大聖堂でも、ワシントンの聖ニコラス大聖堂でも、聖堂の一番高いところには十字架が掲げられています。正教会の聖堂であるならば、私たちは聖堂の一番高いところに十字架の印を掲げ、その印を堂々と周囲に示します。この印こそ私たちを象徴する最たるものだ、というわけです。
毎年9月27日に私たちは「十字架挙栄祭」をお祝いします。この祭日はローマ皇帝コンスタンティヌス1世の母親であるエレナ皇太后が、聖地エルサレムにおいてゴルゴタの丘の跡地を発掘し、主の十字架を発見したことを祝うものです。エルサレム総主教がその十字架を高く掲げると、主の十字架を見るために多くの人々が殺到し、神を讃美し、そして病が癒されたと伝えられています。史上初めて「十字架が高く掲げられた日」と言っても良いかもしれません。
では私たちにとって十字架とは何なのか。十字架は有体に言えば、罪人を殺すための刑具です。いわばギロチンや絞首台と同じカテゴリーに属するものである、と聞いたらなかなかグロテスクな気さえします。私たちの主であるハリストスがその木にかけられて殺された、ということは主の生涯の中で特筆すべき悲劇であるはずです。このハリストスの悲劇的刑死をどのように捉えるのか、ということは私たちキリスト者のアイデンティティに関わる問題と言っても良いでしょう。
ある考え方では十字架をこのように説明します。人間はアダム以来数えきれないほどの罪を犯し、その罪に対して償うべき負債が天文学的な量にまで膨れ上がってしまった。この負債を解消しなければ人間は赦されず、救われない。だから無限の神である方が人となったハリストスが、生贄として神に捧げられることで、この神の無限の価値をもって人間の罪の負債を永遠に支払ってくれたのだ。主に西方のキリスト教での十字架の理解ですが、この考え方であればキリストが十字架にかけられて死んだ時点で罪の償いの支払いが終わり、人間の救いは約束されます。十字架は極めて重要な意味を持ちますが、しかしそこには一種の取引や法律的な意味合いが色濃く印象に残り、私たちの救いはハリストスの悲劇によって贖われたという感覚がぬぐい切れません。極論すると復活も十字架のおまけになってしまいかねません。この場合人々が十字架に対して持つ思いは、主の犠牲に対しての「申し訳ない」という悔恨の気持です。
一方で正教ではどのように考えられるか。私たちにとって主の十字架上の死は、私たちとの苦しみの分かち合いです。人間となった神は、人間が自らの罪ゆえに苦しむ世界の歪みをすべてご自身の体験として受け取ろうとされました。親しい人々に裏切られ、捨てられ、嘲られ、無実の罪で死刑にされるというあまりに惨めな状況において、主は人間の苦しさをご自身のものとされました。そして本来死とは無縁の、生命そのものであるハリストスご自身が死ぬことによって、死すら神によって受け入れられるものとなりました。
もともと死とは人間の堕落の極致です。神を離れた人間が生命の恵みを失い、ついに腐敗に屈する姿こそが死でした。しかし、神であるお方自身が死に入られたことで死は清められ、その絶望的な破滅の力はかえって無きものとされたのです。復活祭の金口イオアンの説教で「死よ、爾の棘(はり)はいずこにかある」と読まれる通りです。死者の国に自ら入られたハリストスは亡者たちをすべて甦らせて生命に帰還しました。人間が死から生命に帰ってくる道筋を付けるために、ハリストスご自身がその道を歩かなければならなかったのです。十字架の死は復活の生命の入り口となり、十字架の印は死の持つ破滅の力がハリストスによって滅ぼされたことの象徴となったのです。私たち正教徒にとって十字架とは復活と分かちがたく繋がる一体のものであり、まさに「勝利の印」として掲げられるにふさわしいものとなりました。
私たちが聖堂の頂上に輝く十字架を見る時、そこに陰惨な犠牲と申し訳なさを見るのではなく、むしろ私たちの救世主の輝かしい復活こそが見受けられるのです。私たちの十字架挙栄祭でも、主の十字架を仰ぎ見て、この喜びをともに分かち合おうではありませんか。
エッセイ
「天国にふさわしい者」
聖書の中には、ハリストスが小さな子供を指して「このような者こそ神の国にふさわしい」と人々に示すシーンがいくつかあります。マトフェイ、ルカ、マルコの各福音書に記されていますし、文脈を変えて「子供のようでなければ天国に入れない」という言葉も残されています。
天国にふさわしいのが「子供」ということは、しばしば子供の「謙遜さ」に焦点を当てて語られます。子供は謙遜だから神の国にふさわしい。でも「そうかぁ?」と思うことしばし。子供も結構エゴあるしなぁ、一律に子供は謙遜だと言われてもなあ、という思いが実は私の中では昔から引っかかっていたのです。それは私自身が少しスカしたところのある子供だったせいもあるのかもしれません。
また子供の謙遜さとは子供の「弱さ」のことである、という考え方もあります。自分一人では生きていけず、誰かに守られて育まれて生きていく子供の姿に、人間は神の守りや恵みを頼りにしなければ生きていけないという「謙遜さ」を見るわけです。これはこれでなかなか説得力のある考え方です。なるほど、当たり前に親=神に頼らねば生きていけないという自覚こそが、幼い子供の謙遜さなのか、と。いや、ちょっと待てよ。子供ってそれを「自覚」して生きてる?親が自分の面倒見てくれることを「当たり前」って思ってる方が普通じゃない?このように「子供は謙遜」と言われても、実は私はいまいち釈然としていなかったのです。
しかし先日、函館教会での「キャンプだ!ホイ」に行ったときに、その「子供の謙遜さ」の一端を見たような気がしました。なかなか普段の自分たちの教会だと、複数の子供が集まっている状況を見ること自体が難しいですが、今回は北海道の行事に東北からも合流したことで10人弱の子供たちが集まってきました。初対面の子たちもたくさんいるし、そもそも洗礼を受けていない子供もかなり混じっているので「これ、ちゃんと上手くやれるのかなぁ」と実は最初は心配して見ていました。しかしその心配は杞憂に終わりました。気付いたら、子供たちは境内をみんなで駆けっこしたり、かくれんぼしたりして遊んでいました。全く接点もなかった者同士が、すぐに遊びの中に溶けあっていく姿に「大人は何でいらない心配をしてしまうのだろう」という思いも浮かびました。大人同士で初対面となると「この人はどのような地位や肩書の人なのだろう」「この人と共通の話題を探らなければ」「場が白けてしまわないように盛り上げなければ」、色々と考えをめぐらし疲弊して、帰ってきたら「ああ、今日は気疲れしたわ」と思わずため息。
それと比べて子供たちのなんと柔軟なことか。すぐに打ち解けて、垣根を作らず一団となって遊び始められることこそ実は「謙遜さ」、しかも意識もしていない素直な謙遜さの現れなんじゃないかと思ったのです。見れば子供たちはそれぞれ性格も違いそうだし、我の強そうな子もいる。けれど「ともに遊ぶ」ということを特に難しいことともせず、相互に受け入れ合って遊びの輪を作れる、そのことこそ「神の国の謙遜さ」の姿のように感じられました。なるほど「天国はこのような者たちのもの」なのだ、ということに気付かされたのです。
と思って、バーベキューをやっている大人たちを見たら、真っ赤な顔で上機嫌そうに肩を叩きながら笑い合ってる。あれ、あの人たち確か初対面だよなあ。なんだ、大人もやればできるじゃん。とても幸せな時間がそこにはあったのです。
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2024年9月号